桃の花

祖母の詩

ふと思い出した記憶の書き残しでしょうか

祖母の幼き頃の記憶の断片

孫の私がしっかり記録しておきますね

桃の花

朽ちかけたお寺の縁側に腰かけて

大きなお握りを両手に乗せて

ほうばっているのは幼い日の私

甘い金時豆が沢山まじっていた

まるで桃色の宝物ようなお握りに思えた

其の日は何の日だったのだらうか

お寺の接待日なのか

誰かの供養日だつたのか

それにしても人一人居ないのが不思議だ

寺の庭には桃の花が匂っていて

柔らかい日ざしが

ふんわりと私を包んでいた

おいしかったお握り

うす桃色のお握りとお寺の桃の花は

私の一番遠い遠い日の思い出

場末の活動館の古いフイルムのように

切れてつづいて

ぼうっとかすんでとらえようがない

ひょっとしたら

幼い頃みた夢ではなかったのかと思う

夢ではなかった

戦い敗れて引揚げた故郷に

私が生まれたという家があった

家の前にそれらしいお寺があった

戦災をまぬがれたという立派なお寺で

子供達がかくれんぼをしていた

むかし桃の木はあったのか無かったのか

あるもよし

なくもよし

聞くのはよそう

桃の花は

今も私の心の隅で

匂いつづけているのだから・・・

孫のあとがき

祖母はよく金時豆を煮ていました。小さい頃の私は豆という豆が大嫌いで、祖母がつくった金時豆を食べる事は一度たりともありませんでした。

大人になって豆という豆が大好きになり、そしてこの「桃の花」を読んだ時、ああ祖母の作った金時豆を食べられていたなら、もしかしたらこの昔話を祖母の口から直接聞けたかもしれない…と、少し残念な気持ちでいます。

祖母は大正五年生まれです。彼女の生い立ちがそうさせていたのか、戦争という悲惨な時代の一部を生きたからか、その思い出も経験も彼女の口から直接聞いたことはありません。

私の母親経由で、戦後の暮らしは大変だったと聞いています。祖母の若い頃もいい事ばかりではなかったと聞きました。輪郭をぼんやりと濁しながら話してくれた母親のその話に、なぜ最後まで自分が一緒に暮らすと決めたのか、なぜどこかに預けるという選択をせず在宅介護を選んだのか、しっかりと聞いて取れました。

次は、私があなたの在宅介護を引き受けますよお母さん。祖母の時と同じ「viva!在宅介護」には出来ないかもしれませんが、それでもあなたが「我が家がいちばん」と言ってくれるならとても光栄に思います。

ここ最近、面倒くさいことから遠ざかる事ばかりで家事も怠け気味。でも金時豆を食べたくなったので、久しぶりにふっくらとした金時豆で祖母とおそろいの金時豆入りのお握りを作ってみようかな。

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