私の胸の内

最期の瞳は空をみていた

仏様達に母の身を託すと仏壇の前で泣いた次の日、母は自力で熱を下げ血圧を上げ、とても落ち着いた穏やかな顔で見舞いに来た私達を迎えてくれた。 私の知っている母だった。以前と同じ、いつも私を助けてくれる力強い顔をしていた。 コ […]

介護日誌

父、ある日出川哲朗を語る

アルツハイマー型認知症のおかげで、父が出川哲朗を好いている事が判明した。認知症は切ないけど、時に楽しい時間も与えてくれる。今のところ何とか認知症の父との暮らしを穏便に過ごせている。先の事はわからないけど、認知症に抗わず楽しもう。
介護日誌

祖父の言葉

認知症の妻の変化を静かに受け止めた祖父が孫に残した手紙。『自制力を失った人間は…』から始まる手紙が、今も在宅介護をする孫の心を支えています
私の胸の内

書くことのなくなった名前

入院中の母の名前を書き続けた日々と、書かなくなった後に残った思い。介護と別れを越えて、名前に込めた祈りと心の変化を静かに綴った記録。
介護日誌

父、90歳で「Yeah!」と叫んだ日に終わる人生、はじまる毎日

母の最期と父の認知症発覚が重なった日。90歳の父の「Yeah!」に救われ、私は“認知症の父の娘”として生き直す覚悟を決めた記録。
とんとこさんちの衣食住

娘、やっと椅子を買う(買う買う詐欺からの脱却)

アルツハイマー型認知症の91歳の父に、高座椅子を選んだ年末の記録。模様替え嫌いの父がすんなり馴染み、届いた一脚が私の未来の心配も少し軽くしてくれた奮闘記。
私の胸の内

母には自由に動く影がいた

かつて母の「自由に動く影」として祖母を介護した私。50代になり、91歳の父を独りで支える今、影は劣化し、孤独が骨身に沁みる。それでも「viva!」と言いたい。在宅介護の理想と限界の狭間を生きる、私の独白。
私の胸の内

金を積まれてもベーグルを食べない母が、私に遺してくれた「お土産」

「なんでこんなもんが美味しいのかねぇ」と呆れ顔で母がくれたベーグル。その味を、今はアルツハイマーの父を介護する「袋小路」の日常で噛み締めている。外出もままならない私を救ったKOUBOの長期保存パン。それは、亡き母が遺してくれた形を変えたエールだった。
私の胸の内

おかあさんへ【3】

一年はあっという間。母の祥月命日が訪れるという事は今年の終わりが近づいているという事。
介護日誌

父、ロングライフパンの賞味期限が気に入らず

ロングライフパンが「美味しい」より先に「面白い」と冠つけて称する日が来るとは思いもしなかった。KOUBOのパンは我が家の救世主。超高速ローリング短時間ストックと化しているKOUBOのパン。美味いです。