最期の瞳は空をみていた

私の胸の内

仏様達に母の身を託すと仏壇の前で泣いた次の日、母は自力で熱を下げ血圧を上げ、とても落ち着いた穏やかな顔で見舞いに来た私達を迎えてくれた。

私の知っている母だった。以前と同じ、いつも私を助けてくれた力強くて頼もしい顔をしていた。

コクンと一度、私の目をみて頷いた。私はその時どんな顔を母に見せていたんだろう。笑顔を作れていたかなあ…涙をみせなかったのは覚えている。

先生は喜んでくれた。「これなら退院して在宅介護に切り替えられますよ」と。体調が好転したと嬉しそうだった。

でも私にはわかっていた。先生の診断が誤診だという事を。先生が母に騙されているという事を。

地上で母としての最期の務めを果たすため、全力を出した母のコクン。

それでも「また明日顔見せに来るね」と言葉が出る。母と子でいられる時間の終わりがきたと予感しても、今日のような「また」を明日に期待する。

最後にもう一度…と、閉まる病室の扉の向こうにいた母を見た。母は、帰る私と父を追うことはしていなかった。

母の瞳は空をみていた。とても嬉しそうな顔をして、病室の窓から見える空をみていた。たぶんそこに祖母がいたのだろう。「たぶん」ではなく確実にいた。そんな幸せそうな瞳をしていた。

その翌日、母はこの世を後にした。

命尽きる最後の日、母が何の薬も使わずに、熱も血圧も正常に戻れた事。それまでずっと苦しそうな顔をしていたのに、最後の最後で数カ月ぶりに以前同様の母の笑顔が見れた事。しっかりと開いた力強く優しい瞳で見つめてもらえた事。

そんな最期を見せられたお陰で、私は本物のボロボロにならず、今のところ僅かながらの馬力で踏ん張れている。

やっと諦めたか
お父さんの事頼んだよ
じゃあねさよなら

色んな思いを詰め込んだ母の最期のコクン。

その時ピースサインをしてやればよかったなあと、最近思うようになった。だから母の瞳の事を書き残してみた。

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