陽が沈みかけるひととき、つるばらの花はあでやかに美しい。花びらはビロードに似て、ぬれてみえる。そんな夕暮、ふと私は母でなく妻でなく、一人ぼっちになって遠い道をみつめている。
じょじょに黒ずんでゆく山の向こうから、霧のようにひそやかに歩いてくるひとがいる。つるばらを大きな黒い布でつつんでしまう為に・・・
闇よ、ゆっくりと来ておくれ。
ひるはひるで一重よし、八重よし。垣根にはう眞紅のバラが好きだ。ろくろく手もかけずにいるのに、五月になると忘れずに咲いてくれる。垣根から屋根へ紅のじゅうたんを拡げたようにして。
このかいわいで一番貧乏だと自信を持って言えるような我が家が、この季節になると何と金持ちに見えることだろう。私は、遠くから近くからほれぼれとつるばらを見る。幸せな気持ちでいっぱいになる。朝と夕方、煙突から煙が立上るのは我が家だけであってもいいのだ。
修学旅行にあちこち走り回って五千円借金したことも、主人の背広の裏がふせだらけの事も、奨学資金が米代にかわっていまだに滞納していることも、誰も想像がつくまい。
五月の光りの中でひときわ目立って赤々ともえるように咲くつるばらを見ると心がなごむ。
貧しいから、あんまり泣きたい事がつづくから、こんなごう華なかくれ蓑をかけてくれるのかしら。
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