父、ある日出川哲朗を語る

介護日誌

父がアルツハイマー型認知症を発症せず、ただシンプルにヨボヨボと年を取るだけの親だったら、私は父の頭の中にある色んな事を知らずに過ごしていたはずだ。

黙々とした二人暮らし。何を考えているのかと不安になりながら、霧の中で手探りし、音も声もしない空間で過ごす人生になっていただろう。

でも現実は違った。

知りたい事は探さなくていい。本人に聞けば(そこに正確性があるかどうかは別として)教えてくれる。時に聞かずとも向こうから突然知らされる。

すべてはアルツハイマー型認知症のなせる技。幼い頃に知っていた、寡黙な父は消え失せた。

父の好きな物や思い。それがアルツハイマー型認知症以前の父の思惑や、事実&史実と異なっている部分が相当紛れ込んでいたとしても、認知症のお陰で私は何の苦労もせずに、いま父とたくさん会話ができる娘になった。父から毎度、色んな事を教えてもらっている。

フィクションかノンフィクションかはもう不明。私の記憶にない部分は父の言葉に委ねるしかない。

1足す1の答えがたとえ56になったとしても、その時にでた答えがおとうさんの真実だ。

そんなペラペラとよく喋るようになったおとうさんから、「おとうさん…出川哲朗が何となく好きなんだよね」と告白された。

たまげた。

お父さんが出川哲朗を好きな理由

父は起床と同時にテレビをつけ、就寝直前までテレビを観ているテレビっ子だ。

水戸黄門が好き

鬼平犯科帳が好き

おみやさんが好き

相棒が好き

野球が好き

相撲が好き

バレーボールが好き

マラソンが好き

駅伝が好き

食べ物が出てくる番組が好き

ザワつく!金曜日が好き

その辺りまでは知っていた。科捜研の女も好きだ。そしてバラエティ番組を「番組」として観ているのは、ザワつく!金曜日だけだと思っていた。

違った。

「出川哲朗の充電させてもらえませんか」も、ちゃんと「番組」として観ていた事が今回の告白で判明した。

出川哲朗のどこが好き?

この質問は恐る恐るの領域だ。予測できる解答が皆無だ。

父

番組で笑いながらバイクに乗るところ

そう返ってきた。そこが何となく好きなんだよねぇ…出川いいよねぇ…と、わりとはにかみながら答えてきたので震えがとまらなかった。

父

出川が笑いながら走ってるのって気持ちがいいよね!緑をかぶってさあ♪

出川哲朗の笑顔とヘルメットの色のマリアージュ。おとうさんのツボはそこだった。

今日も「さすらい」が聞こえる

うちの地域の「出川哲朗の充電させてもらえませんか」は午前中に放送されている。毎週おやつを食べつつ、おとうさんは「笑いながらバイクに乗る出川哲朗」を楽しんでいる。

その時間、私のところへやってくることはほぼない。コマーシャルのタイミングでトイレに行き、番組を余すところなく視聴している。

ただ内容を事細かに覚えているかというと、またそれは別の話のようだ。父は、その時その瞬間の「笑いながらバイクに乗る出川哲朗」をニコニコしながら愛でている(と感じる)。

スピッツの歌がおとうさんの部屋から聞こえてくると、私の気持ちにホッとする時間ができる。スピッツは好みのバンドじゃないが、出川哲朗の番組で流れる曲は心地よく耳障りが良く、そして安心する。

父が自分でテレビをつけて「笑いながらバイクに乗る出川哲朗」を理解できている間は、何としてでも番組は終わってほしくないし、出川哲朗にも緑のヘルメットを被って走り続けてほしい。

そしてある日、違う番組に出ていた出川哲朗を指さして私に伝えてきた。

父

ほら見て。出川は野球も詳しいんだよ(ドヤァ)

と、羽鳥慎一のモーニングショーで野球について語っていた出川哲朗を、私に見てみろと言ってきた。ヘルメットを被っていなくても、バイクで走っていなくても、父はちゃんと出川哲朗をわかっている。

多少辛くてもまだまだイケるぞviva!在宅介護。

正直、90代の実父に「おとうさん…出川哲朗が何となく好きなんだよね」と告白されるのは、我が家の場合においては紛れもなくアルツハイマー型認知症のなせる技だったりする。それは間違いない。父は自分の事を自分から話した事がない。何の犬種が好きかという問いにすら答えてくれなかった男だ。

父と共に歩む私の人生。行き着く先は悲しいゴールが待っている。でも残り少ない人生のその途中で、いま色んなご褒美を貰いながら私は進んでいるようだ。そう思えたおとうさんからの「出川哲朗が好きなんだ」告白。

あと少しだけ父の認知症を楽しむ事ができそうな気がする。サンキューだよ出川哲朗。

若かりし頃の私へ。ひと言ふた言しか会話が続かなかったあの日の父は、もう何処にもいないぞ。私達は毎日よく会話する父と娘になったよ。

アルツハイマー型認知症にも少しだけサンキュー申し上げときます。

そして「さあ!みっとこうもーん♪みっとこうもーん♪」と言いながら、元気よくお茶を取りに来た父。水戸黄門の再放送が午前中にある。その放送開始時間もまだわかっているが、電子レンジの使い方はすこーし記憶から薄れてきたご様子の今日この頃。

でもまあ出川哲朗と水戸黄門を忘れないほうが、私には嬉しくて大切な事かな。

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