書くことのなくなった名前

私の胸の内

母がこの世にいない事が日常に馴染んだ
それは決して悪ではなく
普通に訪れる事なのだ
いずれ私もいなくなる
でもその前に
私の名前を私の代わりに書くのは
誰だろうかと考える
淡々と書いてくれる人が
その時いればよいのだが

母の名前

ひらがなで
カタカナで
時にフルネームを代筆で
たくさん沢山あなたの名前を書きました

それはふりがなで
それは持ち物に
あなたの代わりに書類を読み
筆跡をあなたの書いた文字に寄せ
自分の持ち物ではないものに
時にあなたになりすまし
必死で名前を書きました

一心不乱に書きました
震えながら書きました
泣き続けながら書きました
そんな毎日が続きました

そして今
もう書くことのないあなたの名前は
私の心に刻まれて残ります

あとがき

突然の入院が始まった。バタバタとあちこちから色んな物をかき集め、それらにひたすら母の名前を書きなぐり、入院する母の元へ届けた。

最初の頃は、母が少しでも病室で快適に過ごせるようにと願いながら名前を書いていた。

持ち物に母の名前を書けばよかっただけのはずだった。ただそれだけだと思っていた。ほかの誰かのものに紛れた時、「それは私の母の持ち物だ」と主張するための持ち主の氏名という役割だった。

いつしか「あなたが代わりに書いてください」と、代筆するよう書類を渡されるようになりだした。加えて家族の同意も必要だと言われ始めた。

書類に書かれている内容に理解を示し納得し、そして万が一が起こりうる事も想像しておけと告げられながら。

そういう紙に母の名前をひたすら書いた。いつしかタオルや下着に母の名前を書く事がなくなった。

持ち物に母の名前を書かなくなった事に気が付かないまま、ひたすら紙に母の名前と私の名前を書く日が続いた。

母の万が一にも名前を書いた。生きる望みに賭けるためと、母の人生を諦めるために。母の名前をたくさん書いた。覚悟をしなきゃいけない私の名前も一緒に書いた。

一時期は辛いカタチにみえた私が書いた母の名前。三回忌がやってくる今年、ようやくただの文字に戻った。

使う事を躊躇っていた母の名前が書かれたタオルで、手を拭き、顔を拭き、身体を洗う。時が来たら気持ちはちゃんと前に進むもんなんだなあと、風呂場でふと感心した。

それでもまだ宛名の母は切り刻めない。頑張って生きた痕跡の残る病院の領収書もシュレッダーにはかけられない。プリンターで無機質に印字された文字なのに、まだそこに頑張って生きていた母が見える。

いつかそれらがただの紙くずとなる日まで、印刷された母の名前はそっと引き出しに閉まっておく事に決めた。

母と別れたあの日から、母の名前を書かなくなった。もう書く理由がなくなった。

今は線香の香り揺らぐその奥で、にこりと私に微笑む文字を見る。それも母の名前だけれど、私が書いたことのない名前。遠く旅立った母が、私の近くで寄り添うためにつけられた名前。

時間はただ淡々と前に進むだけ。でもそれは決して悪いことではない。たとえそれが母の名前を書く事がなくなった日々であろうとも。

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