母とドラマと叶わなかった仲野太賀と

私の胸の内

たいががたいがー!!と、雄たけびを上げながらタブレットを片手に駆け寄ってきた。仲野太賀ファンの母が、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主演が太賀に決まったという記事をネットニュースで見つけたらしい。

このハートマークがついた母の悲鳴、果たしていつ頃あげた声だったのだろうとネットで探したら「2024年3月12日に制作が発表され・・」と、「豊臣兄弟!」のWikipediaにそう書かれてあった。

この辺りまでは母、普通に元気だったんだなあ。

  

聞かなかった事にした言葉

「豊臣兄弟!」は2026年のNHK大河ドラマだ。2024年3月時点では、まだ遠い遠い遥か先の話だ。しかしこの年の4月から朝ドラで「虎に翼」が始まる。このドラマに佐田優三役として出演する仲野太賀でひとまず茶を濁し、それから堂々たる主演を務める「豊臣兄弟!」に挑むんだとキャッキャしていた。

楽しー!嬉しー!と、まだこの頃は自分好みのドラマが続く日々にワクワクしていた。後期高齢者をターゲット層にしていない邦物ドラマであってもひと通りチェックし、面白いと感じたドラマは録画。自分の子よりも若い役者に心ときめき、ときに脚本家や演出家をぶった切りながらドラマを楽しんでいた。

太賀の優三さんはいいねぇ。朝から毎日楽しい。米津玄師もまたいいねぇ。毎日聴いても飽きない曲だねぇ。

ドラマを視聴する時、母はコマーシャルが嫌いなのでリアルタイムでは観ない。必ず録画する。朝ドラに関してはコマーシャルはないが、オープニングの部分が邪魔だとすっ飛ばす。しかし「さよーならまたいつか!」だけは毎回聴いていた。

「虎に翼」が始まって以来、朝からとても機嫌が良かった母。優三さんの演技評に続き、「豊臣兄弟!」が待ち遠しいと大河ドラマに恋焦がれる乙女が毎朝現れていた。

しかし、ある日ポツリと言った。2026年はさすがに無理かなぁ・・と。

その母の声のトーンが私の耳に引っかかった。本気とも冗談とも取れない、今まで母の口から聞いたことのないトーンで言葉が放たれた。私は怖くて聞かなかった事にした。聞こえなかったふりをした。

まだ、母はそれなりに元気だった。

  

太賀始めは「コントが始まる」

いやヒットだわ!!とんとこちゃん、観た?「コントが始まる」

観ていなかったら絶対に観ろ!と勧めてきたそのドラマで、母は仲野太賀のとりこになったようだ。「ゆとりですがなにか」にも出てたよ。覚えてない?と聞いたら、「それは官九郎のドラマだったから観ていただけで役者にまで目が届かなかった」と返ってきた。

太賀の役どころを説明したら「え⁈あれ太賀だったの?凄いな太賀!」と、褒めたたえていた。その後、太賀に関するドラマは「拾われた男」→「初恋の悪魔」と続き終わった。彼女が探せる範囲の世界に、しばらく仲野太賀は現れなかった。

  

2024年の歓喜

またタブレットを振りかざし歓喜した。

とんとこちゃん!太賀!小池栄子も!しかもクドカン!そしてサザンっ!!!と、水10ドラマを推してきた。「新宿野戦病院」だ。私より情報が速かった母。

うわあ、それは期待大だね!録画お願いします!と伝えた。母は楽しみが増えたー!と喜んでいた。実際、新宿野戦病院の毎週予約も母が執り行った。番組の予約録画については、毎回自分でおこなっていた。

まだ元気だった。

新宿野戦病院が始まった。初回放送で離脱した。いくら愛しの太賀であろうとも、脚本がクドカンであろうとも「これ、ばーさんには無理だわ。せっかくの優三さんが薄れる」と、2話目以降視聴することはなかった。

そして2024年の7月のある日。母は病院から戻れなくなってしまった。突然の入院からずっと家に戻れなかった。

同年11月。人生最期の一呼吸を病院で済ませ、静かで清らかな亡骸で帰宅した。

 

「豊臣兄弟!」を迎える準備

2025年、母の初盆を済ませた。少しずつこの家から母の色々が消えていく。もう一度供養のために観ようと残しておいた「新宿野戦病院」の録画も、結局再生することなく消した。

去年、母がいないリビングで一生懸命不安を紛らわせるために観たドラマを、再度観ることはさすがにできなかった。

母と一緒にいた時は、本当に2026年なんかまだ先の先の事と思っていたけれど、5か月後には2026年がやって来る。ああ、母がまた少し遠くなるんだな。

でも2026年がやってきたならば、母が待ち望んでいた「豊臣兄弟!」の放送が始まる。供養で観るなら、だんぜん「豊臣兄弟!」のほうだろう。番組表に「豊臣兄弟!」がプログラムされたら、母のように毎週予約で設定し、好きな時間に観るとしよう。

母が待ち望んでいた「たいががたいがー!」は、彼女の予言のような一言通り、実際観ることは叶わなかった。

おかあさん、あの時どんな気持ちと具合だったのだろうね。まだ元気だと思い込みたかった私の聞かなかったふりが、ひたすらの後悔を呼び寄せる。

またふたりでドラマを観ながら、言いたい放題話したい。

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